【DTPと写植】DTPの歴史|デジタル以前、文字はどうやって組まれていたのか

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「IllustratorやInDesignって、もともとどういう経緯で生まれたの?」
🐾この記事でわかること
・「写植(写真植字)」とはどんな技術か、なぜ生まれたかがわかる
・DTPが登場するまでの文字組みの変遷がわかる
・現代のデザインツールが引き継いでいる概念と哲学がわかる

DTPって、なんの略か知ってる?

デスクトップパブリッシング‥。だっけ?でも『デスクトップで何を出版するの?』って話で、、あ、つまり昔は印刷屋さんがやってた仕事ってことか。

そう、まさに。そこには想像以上にすごい職人の世界があったのよね。
文字を「組む」とはどういうことか
現代のデザイナーは、IllustratorやInDesignを開いてフォントを選び、文字を打てば即座に文字が並びます。そこに「苦労」はほとんどありません。でも少し前の時代、「文字を紙に美しく配置する」ことは、専門の職人が何年も修業して習得する技術でした。
その歴史を知っておくことは、単なる雑学ではないと思っています。今私たちが当たり前に使っているデザインの概念‥。字間、行間、カーニング、ベースライン‥。は、職人たちが長い時間をかけて精密に作り上げたものを、そのままデジタルに移植したものだからです。

薄々気づいてると思うけど、今回は筆者の語り回だぞ。

活版印刷の時代:鉛の活字を一文字ずつ並べる
印刷の歴史を遡ると、まずあるのは「活版印刷(かっぱんいんさつ)」です。グーテンベルクが15世紀に発明したこの技術は、金属(主に鉛)で作られた個々の活字ブロックを棚から取り出し、一文字ずつ組み合わせて版を作るというものでした。
日本語には漢字・ひらがな・カタカナ・記号があわせて数千文字存在します。活版印刷の時代、印刷所には数千個の活字が「文選棚」に並べられており、「文選工(もんせんこう)」と呼ばれる職人がその中から一文字ずつ拾い出していました。これを「文選(もんせん)」と呼びます。
熟練の文選工は、一時間に数千文字を正確に拾えたと言います。文字を逆さまに読みながら、暗記した棚の位置を指が覚えているような状態です。まさに身体に染み込んだ技術でした。
写真植字(写植)の登場:光で文字を焼き付ける
活版印刷は優れた技術でしたが、金属活字は重く、管理が大変で、組み直しも手間がかかりました。そこで1924年(大正13年)、森澤信夫・石井茂吉という二人の日本人が画期的な技術を発明します。それが「写真植字(しゃしんしょくじ)」、通称「写植」です。

写植の仕組みはこんな感じ。
文字の形が彫られた「文字盤(もじばん)」に光を当て、その光をレンズで調整しながら感光紙に焼き付けて文字を印字する。金属でできた活字のハンコじゃなくて、「光で文字を作る」という発想の転換ね。
これにより、文字の大きさをレンズで自由に変えられるようになり、長体・平体(縦や横に伸ばした変形)も可能になりました。文字間隔の調整も格段にしやすくなり、デザインの自由度が一気に広がります。戦後の高度経済成長期、雑誌・広告・書籍の大量生産を支えたのはこの写植技術でした。

これさぁ、スクリーンに写真にこの植字機?がシンデレラフィットというか、時代に合わせた手法だったんだなぁ。進化が目まぐるしいよ。
写植オペレーターという職業
写植機を操作する「写植オペレーター」は、当時の印刷業界において非常に専門性の高い職人でした。文字盤を正しくセットし、文字の大きさ・字間・行間を精密に設定しながら一文字一文字を打ち込んでいきます。

今もおおきな印刷機のそばでオペレーションをする人がいるけど、それを見ているようだわね。機械と印刷物の橋渡し役が人なのは今も変わらないのね。
打ち間違えた場合は?
感光紙を切り貼りして修正する「貼り版(はりはん)」という作業が必要でした。現代のデザインで言えば「command+Z」ひとつで済むことが、物理的な手作業を要していたのです。
写植書体の設計にも職人のこだわりが宿っていました。
これらは写植時代に生まれた書体で、現在もデジタルフォントとして広く使われています。「ゴナ」は今もロゴや見出しに頻繁に登場する、日本を代表するゴシック体のひとつです。
DTPの誕生:デスクトップが印刷所を変えた
1984年、アップルがMacintosh(マッキントッシュ)を発売します。そして1985年、アドビシステムズがPageMaker(ページメーカー)というソフトをリリース。個人のパソコンで、紙面レイアウトが作れるようになりました。これが「DTP(Desktop Publishing)」の始まりです。
1987年にはAdobe Illustratorの最初のバージョンが登場。1990年にはAdobe Photoshop、1993年にはAdobe InDesignの前身となるソフトが普及し始めます。これらが現代のAdobeソフトの定番ソフトとなりました。

DTPの登場で、写植職人や版下職人が担っていた仕事の多くがソフトウェアで置き換えられていったわね。「技術の民主化」とも言えるけど、同時に何十年もかけて培われた職人の技術と美意識が急速に失われていったことも事実。デジタル化にあたっては避けられない流れなのよね。失われる悲しさがあるけど…。
今現在、デザインを学ぶ学生や社会人はこの写植の経緯が面影を残さないほどデスクトップ上のレイアウトに慣れているはずです。しかし歴史を辿れば、この作業を画面上に落とし込むこと自体が、歴史上大きなハプニングであったのだろうとも思うのです。デザインするという概念を全く別のものに変えた瞬間でもあり、デザインがIT業に移り変わった瞬間。手作業のノウハウが積み重なっていたこの歴史ある業界でも、商売である以上発展は避けて通れなかったわけですね。

うむ。初期は混乱もあっただろうことは想像が出来るな。
そもそも「データ容量」みたいな概念が無かいなかで、きっと「手でやった方が早いわ!」ってみんな思っていたのでしょうね…笑 先輩方へ未来へ続く仕事を残してくれてありがとうという感謝の気持ちと、「今AIでまた概念が変わろうとしてるんですよ〜もうどうしたらいいすか〜」という弱音を吐きたくなるような複雑な気持ちの昨今。Adobeの役割を担うデザインソフトやAIの登場や、日本語フォント業界の変革。これからまた少しずつ、デザインをすることの概念も、職能の定義も変わっていくのだろう雰囲気を感じます。
答えは、わたしたちも未来に託しましょうか。
写植が残したもの:現代フォントへの遺産
写植時代に設計された書体の多くは、現在もデジタルフォントとして生き続けています。モリサワ、フォントワークスなどの日本のフォントベンダーは、写植時代の名作書体をデジタル化・リマスターし、現代のデザイナーに提供しています。

これも、やってくれる人がいなかったら今使えてないフォントになってたかもしれないわ。まじ財産。。
字間(グリフ間のスペース)の概念も写植から引き継がれています。現代のフォントに含まれる「カーニングペア」(特定の文字の組み合わせに対して字間を微調整するデータ)は、写植時代に職人が手動でやっていた調整を自動化したものです。
また「ベタ組み」「ツメ組み」「アキ組み」という文字組みの概念も写植用語が語源です。InDesignで文字パネルを開くと表示される「字間」「行間」の設定は、職人が写植機のダイヤルで調整していた作業をインターフェースに落とし込んだものとも言えます。
まとめ:ツールは変わっても、問いは変わらない
DTPが普及して30年以上が経ちました。今では誰でも美しい書体を使い、自在に文字を組めます。でも「読みやすい文字の並びとは何か」「美しい行間とはどれくらいか」という問いに対する答えは、写植時代の職人たちが積み上げた知恵の上に成り立っています。
ツールを使う人間として、その歴史を知っておくことは悪くないことだと思っています。IllustratorやInDesignを開くたびに、画面の向こう側にいた職人たちの仕事に思いを馳せてみる💭そうすると、今の自分の仕事も長い歴史の1ページになっているのだと気付かされるのです。
現代のフォント選びや文字組みの手がかりをもっと深く知りたい方には、モリサワのフォントライブラリーや、タイポグラフィ専門書籍も参考になります。
お読みいただきありがとうございました!




