【北欧デザイン】冬が長いから、道具が美しくなった。スカンジナビアンデザインが生まれた理由について考えてみた。

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「北欧のガジェットって、なんであんなにかっこいいの?」
🐾この記事でわかること
- 北欧デザインが生まれた気候・風土・歴史的な背景
- 「美しい道具は贅沢ではなく必需品」という民主主義的デザインの思想
- アメリカ・日本・北欧、それぞれの美意識の違いと北欧独自のエッセンス

ルーペデックとかティーンエイジエンジニアリングとか、北欧発のガジェットってなんか違うよな。ゴツいのにスマートというか

それ、気になってた。大抵、その国のデザインて気候や歴史や文化で個性が出てくるものよね。むしろ、デザインやアートに出てきちゃう。
なぜ北欧で、デザインが発展したのか

冬が長く、暗く、寒い。
北欧の冬は、メンタルの面では過酷です。冬至の時期は日照時間が6時間程度の地域もあり、一日中どんよりした天気が続く日も珍しくありません。必然的に、人々は室内で過ごす時間が長くなります。
ここで
もし自分が半年近く、毎日同じ部屋にいるとしたら、その部屋にあるものや、どう生活するか。
について考えてみます。外が真っ暗な生活が、人の精神状態に与える影響はどれほど大きいのか。
室内は、日照時間が少ない時間の大半を過ごす場所。であれば、ライフスタイルに通じる内装や普段使いの物たちを少しでも心地よい状態して、明るいメンタルで日々を豊かに過ごせるように工夫しはじめるのではないでしょうか。つまり、ここで議論されるほとんどの「暮らし」に関する部分は「ストレスを意図的に減らすこと」と直結していると言えそうです。
だから北欧では、道具が美しくあることは「贅沢なインテリアや小物を買う」ことが本質なのではなく、このような気候を快適に過ごすために必要なこと(インフラ)として認識されていると考えられます。

この環境からくる影響が、北欧デザインの出発点といえると考えられそうです。冬ほど快適にすごしたいもんね。
「美しい道具は、誰にでも届かなければならない」

もうひとつの北欧デザインの特徴は、「民主主義」の考え方がデザインにも組み込まれている点です。では、民主主義的なデザインとはなにか。
〜歴史のお話〜
20世紀初頭、ヨーロッパでは産業の近代化により大量生産が進みました。大量生産とは、往々にして品質の低下も意味しますよね。そんな時代背景があって、美しく丁寧に作られた道具は、一部の富裕層だけのものになっていきました。
すなわち、伝統的な技術と品質を享受できる人たちが限定的になってしまうということ。
こうした時代の流れに対して北欧では、手工芸協会が設立され「近代化に逆らうのではなく、工業生産の中でも美しいデザインを実現する」という方向性が選ばれました。
デザイン業界が、職人の仕事と技術を残し、それを商売として成り立たせる方向性に舵を切ったともいえます。

この方向性は「大量生産」の世界で先陣を切っていた国々からするとまた別の方向性よね。

その選択をした北欧デザインの思考が、むしろ革新的に見えたのではないかな。そういう視点で考えられることが羨ましいっていうかさ。
民主主義を文化に取り入れるためにどうしたか
1940年代にはデンマークの生活協同組合が「高い質、買いやすい価格、高い機能やデザイン」と掲げて家具製造をはじめ、現在の北欧モダンスタイルの家具が発達していったと言われています。
北欧デザインの核には「誰もが毎日使う道具を、誰もが手に入れられる価格で、美しく作る」という意識があるのではないでしょうか。

IKEAが世界中に広まったのも、カールハンセン&サンが職人の手作業でしか作れない家具を作り続けているのも、この思想の延長線上にあると思うと、、泣けてきませんか。

そうは言ってもさ、「冬が長いからデザインが良くなった」という切り口なら、ロシアのデザインとかも含まれないか?

そうねたしかに‥。同じ寒くて厳しい気候だけど、国の文化が関係しているんじゃない?
北欧は19〜20世紀にかけて、社会民主主義的な福祉国家として発展しました。「すべての市民が豊かな生活を送るべき」という思想が、民主主義的デザインと直結していますよね。一方、ロシアを例に挙げると、その様子は対照的です。
帝政→革命→ソビエト体制と続き、デザインは国家プロパガンダの道具になりました。ロシア革命後に生まれた「ロシア構成主義」はシンプルで機能的・幾何学的な造形で現代にも影響を与えていますが、それは個人の生活を豊かにするためとは異なり、社会主義の理念を広めるための芸術運動の役割によるところが大きかったようです。

目的が「暮らしの豊かさ」なのか、「国家の意志」なのかで、デザインそのものの役割が変わる場合もあるのね。

あと、風土もあったみたい。
たとえば、北欧5カ国は人口が少なくて、コミュニティが小さいよね。「隣人が使うものを丁寧に作る」という文化が広まったり画一的な文化が定着しやすかった。ロシアの場合、広大な領土と多様な民族を抱えてて、そもそも美意識の統一という方向性にいかなかった、とか。

おれはそこらへん勉強中だけど、宗教・哲学的背景の違いとかも言われてたりな。
ロシアはビザンティン帝国から正教を受容して、ローマ・カトリック世界とは違う道を進んでて、近代ヨーロッパ文化がうまれたルネサンスも宗教改革も経験しなかった。北欧のプロテスタント的な「質素・勤勉・実用」の価値観とは、宗教的な出発点が違う、とか。
3時間は議論ができそうなので、考察はこのへんで終わらせておきましょう。
アルヴァ・アアルトが言ったこと
フィンランドの建築家・デザイナーのアルヴァ・アアルトは、機械的な冷たさに対して「人間の感情と自然の形を取り入れることの重要性」を説きました。彼の代表作であるパイミオチェアは、湖の波のような優美な曲線を持ち、金属ではなく温かみのある木材が選ばれています。
これは「機能のためなら見た目はどうでもいい」ではなく、「機能と美しさは切り離せない」という考え方です。

使う人の感情まで設計の対象に入れる。そして、「現代の製造業も正しく導かれれば、依然として人間性を伝えることができる」。これを証明しているのが、北欧デザインの哲学的な部分なのかもしれません。

椅子から建築まで手がけるひとの美意識がここまで確立されていることが、北欧デザインの豊かさにも通ずるんじゃないかな。ただ迫力があるものとか、リッチなものを作ることに注力するんじゃなくてさ。

大量生産にただ乗っかるんじゃなくて、その商流の中で「自分たちがどうありたいか・どういう姿勢で物を作り続けるか」を明確にしたのもポイント高いわね。
日本の「わびさび」との意外な共通点

ここまで読んで、どこかで聞いたことがある感覚がしませんか?
経年変化を楽しみ、長く使い続けることに価値を置く。北欧デザインの価値観は、日本の侘び寂びと重なります。
【侘び寂び】
不完全なもの・劣化・欠けを否定的に捉えず、むしろ自然や時間の経過による変化に美しさを見出し、生まれた静寂を受け入れ深く味わうという美学。
【具体的には】
割れた茶碗を金継ぎで修復した器、苔むした石庭、使い込まれた道具の傷、あるいは秋の落ち葉の美しさといったもの
「わび(侘び)」:元々、孤独・貧しさ・不足を意味する言葉。それが転じて質素な状態の中に満足と静けさを見出すという美意識になりました。
「さび(寂び)」:時間の経過によって生まれる渋みや趣のことで、古びること・錆びることを否定せず、むしろそこに美を見出す感覚です。
完璧でないこと、新品でないこと、むしろ時間が刻まれていることに愛でる価値を置いていますよね。余分なものを削ぎ落とし、素材そのものがすでに持つ美しさや経年変化を美意識の基準としたり。

どちらも「豪華さ」や「新しさ」を美しさの基準にしていないわね。

侘び寂びは「不完全さそのもの」を美とするけど、北欧のデザインは「洗練・シンプルさ=使う時のノイズの少なさ」を一定の到達点にしてると思う。機能性も含めて「美しい」なのかもしれん。
同じ方向を向いているようで、目的地は異なります。日本人が北欧のインテリアや日常使いの小物に惹かれるのは、便利さ以外のこうした価値観や理念の深みに共感するからかもしれません。
まとめ:北欧デザインは「生き延びるための美意識」なのではないか
北欧デザインが生まれた理由。それは「産業として生き延びるための美意識」だったのではないかと思います。長い歳月をかけて文化のタスキを繋いできた職人のクラフトマンシップを守り、培ってきた緻密な設計からなるプロダクトの豊かさ、デザインの基礎を一部の人だけでなく、すべての人に届けるために。
その思想が現代の北欧におけるものづくりにまで引き継がれているから、北欧発のプロダクトは今も世界中のクリエイターを惹きつけているのだと思います。
次の記事では、この思想を体現した具体的な北欧発ガジェットとアナログプロダクトを紹介します。
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